リハビリご近所ウォーキング

11/21に大腿骨のチタンボルトの除去手術を行ってから11日間が経過した。
今のところ経過は順調で、ほとんど支障なく歩けるようになってきた。自転車の通勤ライドも11/26(月)から再開し、最初は切った左腿が傷んで踏み込めなかったが、日に日に痛みは弱まった。ランニングや、自転車の立ちこぎはまだ痛むが、シッティングならかなり走れるようになってきた。ただ、最初に痛んだ傷口ではなく、このところ、もっと下の腿の筋肉が少し痛む。これは手術で萎縮した筋肉が伸ばされるときに生じる筋肉痛、との見立ては同じく骨折経験者の服部産業H本さんの言。言われてみれば、まさに筋肉痛の痛みだ。
今日も平地のポタリングくらいならできたのだろうが、ここはリハビリを優先し、今日はウォーキングに取り組むことにした。骨を強くするには自転車ライドは効果が薄く、歩行やランニングの衝撃が効果的だからだ。
また、大腿骨骨頭部を保護するためには鼠径部の筋力強化が望ましく、水中歩行が効果的との助言ももらっている。今はまだ風呂にも入れない状態なので、今日は見送ったが、傷が塞がったらプールにも通うつもりだ。
昼過ぎに家を出て、散歩がてら早足で近所を歩き始めた。自宅のすぐ近くにありながら、訪れたことのなかった善福寺。この裏手にあった深い井戸が「深井」の地名の由来になったとも言われている。現在は埋め立てられて現存しないとのこと。
深井駅方向に向かい、「火祭り」ののぼりが立ち並ぶ野々宮神社に立ち寄ってみた。
12月の第2日曜日、つまり来週日曜に御祭神の火産霊命にちなんだ神事が行われるそうだが、今日はのぼり以外に祭りの気配はなく静かな境内。
この秋は仕事や脚の痛みで自然と親しむ機会がほとんどなかったので、紅葉を初めてまともに観た心持ち。考えてみればもう12月なので、紅葉も終盤だ。
深井駅のそばを抜けて水賀池へ向かい、ここを一周。小春日和の日差しが心地よく、水鳥たちものんびりした風情。取水塔(?)の屋根の上には、青鷺と白鷺と鵜が並んでいる。
水辺には12月だと言うのに亀がたくさん日向ぼっこをしていた。まだ冬眠していないとは、やはり温暖化なのかと心配になる。
深井駅の中を通り、帰路は少し遠回り。途中から早足にも疲れてペースダウン。30分ちょい、約3.6kmのウォーキングだった。最後は左腿が張ってきたが、大きな支障なく帰宅した。冬の間は自転車ライドをセーブして、これからもリハビリに取り組んでいくつもりだ。
■走行記録(ジョギング)
Cyclemeterの記録
スタート : 2018/12/02 14:25:09
完了 : 2018/12/02 15:04:11
ランタイム : 0:31:52
停止時間: 0:06:58
距離: 3.59 km
平均: 8:52 /km
登り: 0 メートル
カロリー: 193 kcal
平均心拍数: 94 bpm
最大心拍数: 167 bpm
大腿骨のチタンボルト除去手術

9月から左腿に出てきた痛みは、4年前の骨折の治療で埋め込んだチタンボルトが骨から露出した部分が周囲の組織を刺激している可能性が高いとのことで、チタンボルトを抜く手術をすることにした。
一昨日から入院した病室からは右の金剛山と左の葛城山、そして間の水越峠がよく見えた。
あそこに戻すべく、手術への覚悟を決める。・・・水越峠は昨秋から通行止めのままだが(笑)。
入院初日は点滴も服薬もなく、疲れるような検査も無かったが、早くに寝落ちして8時間半も寝てしまった。意識していなかったが、ハードな出張が続いた元気に上れる脚を取りこの秋の疲れが溜まっていたのかも知れない。
明けて昨日の朝は幸先の良い綺麗な朝日が葛城山から上がった、もう少し冬至が近付けば、水越峠から上る日もあるのかも知れない。
朝から絶飲食で、11:30頃から手術着に着替え、点滴を打ちながら手術まで待機。入院時に昨日14時から手術の予定と知らされていたが、前の手術が順調に進んだようで、予定より早く12:15には手術室入りすることになった。
ベットに寝かせられて手術室まで運ばれると、天井ばかりが目に入るのが非日常を感じさせて緊張が高まってくる。麻酔を背中から腰椎に打つのは、脅されていたほど痛くない。道理で同じ処置をした4年前の印象がないはずだ。冷たい容器を当てて麻酔の効きを確認するが、なかなか効かないのは4年前も同じだったと思い出した。
台北自転車道ポタ [碧潭往復]

昨夕はTaipei International Cycle Show(以下、台北ショー)閉幕後に黄昏の台北を少しだけ走ることができた。帰国日の今日は、9:30頃にはホテルを出発するほうが良さそう。時間的にはタイトだが、せっかくなのでもう少し台湾を走っておきたい。そこで前夜は早々に就寝し、6時過ぎに一人で出走した。今日は3時間ほど走れるだろう。
今朝も台北ショーで展示していたCARACLE-Sを使用した。まずは今日も淡水河自行車道に入るべく昨日出入りした艋舺三清宮近くの出入り口を目指す。
昨夜も雨が降ったようで、空は相変わらず曇り空だが、幸い近くに雨雲は無いようだ。右側通行で交通習慣も違う台湾の街中を走るのは緊張するが、早朝なので交通量は少なくスムーズに走れる。
通りかかった艋舺清水巖も静かで、まだ門が閉まっている。台北でも古い地区である艋舺(萬華)地区には、たくさんの道教のお廟がある。
続いて通りかかった艋舺青山宮も提灯が灯っているものの門が閉じられている。日中に時間があれば、こうしたお廟巡りも面白そうなのだが・・・。
淡水河自転車道に入り、まずは昨夕辿ったルートを南下していく。
鳥類保護地区である華江雁鴨自然公園には、早朝ということあってか、たくさんの野鳥が人のすぐ側までやって来ていた。
6:30前だったが、日曜ということもあってか自転車に乗っている人やジョギング、散歩やたむろして談笑を楽しんでいる人など、すでにたくさんの人が河川敷にいた。
道なりに進んでいくと、淡水河の支流である新店渓沿いの新店渓自行車道に入る。自転車レーン2車線と歩行者通路が設けられた立派な自転車道が整備されており、ロードバイクから折りたたみ自転車、シティサイクルがそれぞれのペースで次々と走っていく。時間帯を考えると、整備状況や市民の活用度合いは、日本以上だろう。
かつて世界の自転車工場と言われた日本だが、シマノを除けば世界規模の大手はほぼなくなってしまった。一方、現在の世界の自転車工場である台湾では市民に自転車スポーツを理解させるため、国を挙げて振興に努めている。この自転車道はそのひとつに過ぎないが、台北周辺だけでもすごい距離の自転車道が整備されている。
このくらい力を入れていれば、日本でももっと自転車産業が残っていたかも知れない。産業としては壊滅状態になってから、バイクスポーツが本格的に普及したのは皮肉だ。とは言え、CARACLEをはじめ、改めて日本発のユニークな自転車や周辺商品が産まれてもいる。やはり、バイクスポーツを理解する人が多くいると、産業としても成功しやすいのだろう。
台北黄昏ちょいポタ

毎年足を運んでいるTaipei International Cycle Show(以下、台北ショー)だが、今年は秋に開催日が変わった。出張でしか来たことがないので、ほとんど観光もしていないが、今回は少しだけだが自転車に乗ることができたので、そのご報告。
初めて秋の台湾を訪れることになったが、テック・ワン入社後は出展するCARACLEシリーズを自分たちで運んでいくのが恒例行事。自分たち自身で市販スーツケースに収まる折りたたみ自転車CARACLE-Sの活用を実践して、検証と改善に繋げる。・・・という狙いももちろんあるが、経費節減とアピール活動という狙いも(笑)。
今回の台北ショーは世界的に自転車マーケットが伸び悩んでいることや、時期変更が災いしたのか、例年よりやや盛り上がりに欠ける印象だった。
それでも1250社(団体)もの出展者が集まる世界最大級の自転車関連展示会とあって、今年も最新トレンドが数多く展示されていた。ちなみに日本最大級の自転車展示会であるサイクルモードですら、出展社(団体)は176社しかない(2016年東京会場)。画像のような広大な展示フロアが2フロア、これに加えて規模の小さいフロアや衛星会場まであるので、一つ一つ見ていくととても一日では回りきれない。
E-BIKEの比率がさらに大きくなり、バイクパッキングやノーパンクタイヤが増えているのもここ数年の流れ。今年の新しい動きとしては、カーゴバイクが目についたことや、SRAM以外のワイヤレス変速システムが(私が見つけただけで)3社も出現したことなどが挙げられるだろう。
台北ショーとその前後の台湾の模様を仕事用のSNSでリアルタイムレポートしていたので、興味のある方はそちらをご参照いただきたい。
最終日11/3の15時には台北ショーが終わったが、片づけと移動を考慮するとその日の帰国便は厳しいので、例年通りもう一泊する手配をしていた。深夜の格安航空会社はCARACLEが有料になるので、かえって割高になる。
自転車を持参していても、展示車は防犯上簡単に持ち出せない。会期を終えてホテルにCARACLEを持ち戻ったが、まだ明るかったので少し自転車で散歩してみることにした。滞在中ずっと雨が降ったり止んだりで、今日もまだ曇り空で路面が乾ききっていない。それでも走れるタイミングに、走れる天気になったのは幸い。
一部を分解してスーツケースに収めたCARACLE-COZを引っ張り出すのは大変なので、私はCARACLE-S、動向のN岡さんは試作段階の18インチ車CARACLE-S LITEで出走。西門町駅前のホテルを出たのはすでに16:45頃。暗くなるまであまり時間はないので、急ぎ足で西方の淡水河に向かった。
淡水河沿いには自転車道があるのだが、堤防が続いてなかなか入り口が見つからない。ようやく「河濱自行車道(Bikeway)」の看板を発見し、堤防の中へ。
出入り口付近にあった看板。今回は「淡水D09」の表示があるゲート(注:実際には地図上のD13地点と思われます。なぜここにD09の表示版があるのかは不明です)から入ったが、出入り口が限られるので、ルートマップなどで事前に把握しておいた方が良いだろう。
自転車道に入って北に行くか南に行くかだが、北方向が工事中でルートがわかりにくく、自然と南に向かうルートに乗った。
自転車道に入ってほどなく「華江雁鴨自然公園」の立派な看板が立っていた。脇の自転車道を多くの自転車乗りが過ぎていく。シェアサイクル(YouBike)やシティサイクルも多いが、ロードバイクや折りたたみ自転車などのスポーツバイクが非常に多い。
ロードバイクに関してはやはり台湾メーカーのGIANT製がかなり多く、他の台湾ブランドや欧米ブランドもちらほら。折りたたみ自転車に関してもGIANT製がある程度いるが、圧倒的にKHS製が多かった。日本なら珍しいことだが、普段着のおばちゃんまでKHSで颯爽と走り抜けていく。台湾でのサイクルスポーツの普及度を改めて実感させられた。
早朝ちょいポタ [小栗街道]

左脚の痛みで当分は峠に上れそうもないので、ここ数週間は平地のポタリングを続けている。今日はどこに行こうかと思いつつ、TORACLE-COZ(CARACLE-COZ RB試作フレーム)で6:30すぎに出走。脚が保つなら少し山手に向かうことを考えつつ南方向に進んでいるうちに、信太山付近にやって来た。
ここで思い出したのが以前試乗会でお会いしたみかん先生さんが、最近葛の葉稲荷神社にお参りしたこと。テック・ワン(CARACLE製造元)の所在地松原市が狐に縁が深いことも教えてくれていたが、合わせて挙げられていたのが葛の葉姫だった。
走っていた府道30号線からそれほど遠くなかったので、立ち寄ってみた。鳥居の脇には「信太森神社」の石柱があり、こちらが正式名称とのこと。
落ちぶれた豪族の安倍保名が狩人に追われた狐を助けたところ、狩人との争いで傷ついた保名を女人に化身した狐、葛の葉姫が介抱しそれが縁で夫婦になった。二人の間に生まれたのが、かの有名な陰陽師安倍晴明であるという。
安倍晴明は、人間と(神である)狐のハーフだったという伝説だ。狛犬の代わりに社殿の前に構えているのも、当然狐。
葛の葉の正体がばれ、去り際に残した「恋しくは たづねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみくずの葉」が記された碑の奥には、楠の御神木が立っている。
樹齢二千年を超えるこの巨木は根本から二股に別れているため夫婦楠とも云われ、縁結びの霊験あらたかとのこと。
境内には安産、子授けのご利益がある「子安石」や、交通安全・旅行安全のご利益のある「姿見の井戸」、そして千利休の作と伝わる「梟の灯篭」などもある。
神社近くには和泉市が立てたと思われる近辺の観光案内ルートを記した案内板もあり、これを機に今日は小栗街道(=熊野街道)を辿ってみることにした。
先週の富田林街道に続いて二週連続の旧街道を巡りだが、こちらは案内板に記載されていただけでも多数の歴史的遺構が散在している。